講演会では、時間の関係で質疑応答の時間が十分にとれなかったので、アンケートで講演者への質問を受け付けました。講演者より回答が届きました。

1. 長老からの知識の伝達と社会の変化のスピードの違いにどう対処しているのですか。
とても大きな問題です。外からもたらされた社会の変化がますます激しくなり、それが、長老たちから若い世代へと知識が自然に伝達されなくなった原因となっています。状況をさらにひどくしているのは、世代にまたがる長期的な課題に対して、短期での解決策を求める行政の仕組みです。ですから私たちは、世代間のギャップを乗り越えるようなコミュニケーションを促進することに重点を置いて、長老たちが学校や地域での教育に影響を与えることができるように意識しています。(レイ・バーンハート)
社会変化による悪い影響が大きいので、知識を伝達する努力の方もいっそうスピードアップしなくてはいけなくなっています。(ダチュック)

2. ヤーヴェスカニアラックはどれほどの期間、必要ですか。
通常1年です。そしてプログラム修了生は、それを日々の暮らしそのものにしていきます。実際にこれは、生涯学び続けるものです。学んだらそれを毎日の暮らしに適用していくのです。(ダチュック)
3. 長老たちの知識を映像に記録しますか?
はい、長老たちの知識をビデオ録画してきています。私が属するテレビ局は、だいたい40時間分のビデオ録画と、他に20時間分の音声録音があります。週に一度、一人の長老がユピック語で進行するラジオ番組があります。教師たちはこうした録音・録画を利用しますし、幾つかはヤーヴェスカニアラック・プログラムでも利用されています。(マイク・マーツ)
たくさんのコミュニティが長老たちの知識をビデオ録画しています。時には生徒たちがインタビューをしたり、伝統的な知識や技術のドキュメンタリーを作ったりします。次のウェッブサイトで例を見ていただけます。(レイ・バーンハート)
http://www.babiche.org/about.html
http://www.ankn.uaf.edu/NPE/oral.html.
4. ヤーヴェスカニアラック・プログラムを実行するにあたり、課題や問題は何ですか。
移動しなくてはならないこと、天気、長老たちがどんどん亡くなっていくこと、生徒たちがとても忙しいこと、私たちがとても忙しいこと、資金、などなどです。けれど、どんな問題があろうと私たちはやっていきます。(ダチュック)
5. 今の取り組みで、どんな理想的な結果を求めていますか。
この仕事の理想的な結果は、アラスカ先住民たちが、自分たちの地域や子どもたちの教育に影響を与える、政治的かつ専門的な決定をすべて自分たちですることができる時、だと思います。(レイ)
人がより良くなり、私たちのよい価値観を再び私たちの中に取り戻すことができる(今日の社会では痛いほど必要なことです)こと。一言で言えば、社会的によりよい暮らし、ということでしょうか。(ダチュック)
6. もし教育にゴールがあるとしたら、あなたにとってそれは何ですか?
この一連の作業の大きな目的は、もともと教育の対象である人たちが、教育に関する決定を自ら行えるようにすること。今回の場合は、伝統的な知識のシステムを残し、しっかりとしたアイデンティティを持ちながらも、過去100年間、学校によって無視され続けてきた、アラスカ先住民たちのことです。(レイ・バーンハート)
アラスカ先住民の教育のゴールは、良い人間、です。(ダチュック)
7. どうして青年たちは村から離れていくのですか?
教育や仕事を求めて離れる人たちもいますが、最近、習得した知識や技術を村での生活に合うように生かしている人たちも増えてきました。例えば、コテージ業を始めたり、教師になったり。そうした職はこれまでずっと、外部からやってきた人たちによって占められていました。(レイ・バーンハート)
アラスカの若者が村を離れる理由は、日本の田舎から若者が出て行くのと同じように思います。村では常勤はおろか、パートタイムでも仕事がほとんどないので、仕事を求めて出て行きます。また、テレビで観るものに影響を受けたり、違う場所の学校に通ったりすることも関係します。(マイク・マーツ)
若い人たちは、高給、物にあふれた暮らし、いい時間などのアメリカンドリームは、村にいるより都市の方がずっといいと思うのでしょう。年を重ねて賢くなると、そうじゃないことに気づくのです!(ダチュック)
8. ブッシュ政権下で、アラスカの自然を守るのがますますむずかしくなってきていると聞きました。これは先住民の人たちの暮らしに影響を及ぼしますか?
大規模な産業開発(鉱山や油田など)と気候変動は、先住民たちの大きな心配事です。というのも、それらは彼らの暮らしの基盤である自然環境に悪い影響を与えるからです。今でも、自分たちで食べるための収穫と、商業やスポーツとしての資源の利用の関係はむずかしいです。それには無数の、文化的、政治的、経済的な課題が関係するからです。アメリカ政治の最近の方向転換が、この分野でどのように優先順位を変えていくかはこれからわかるでしょう。(レイ・バーンハート)
ブッシュ政権は開発をさらに進めようとしています。それはアラスカ州の与党も同じで、特にアークティック国立野生保護区の海岸に近い平野部の開発と鉱物発掘に力を入れています。最近、ノーススロープの油田で、パイプラインが腐食していたスキャンダルが発覚しました。こうしたことはすべて、アラスカ先住民の暮らしに影響します。というのも、近くに石炭や金や他の鉱物、油やガスの埋蔵があることがわかっている先住民たちに対して、彼らの土地を開発させろというプレッシャーが増すからです。
これは先住民のコミュニティを引き裂きます。ある人たちは仕事と経済的なメリットから開発を支持しますし、ある人たちは環境破壊ならびに、自分たちの自給自足的な暮らしと文化的な価値が失われる可能性があることから反対します。(マイク・マーツ)
9. 自分がいるところ以外の場所について学ぶことは意味がありますか?
他の場所との類似点や違いを知ることで、自分の場所についてますます深く理解することができます。そして自分たちの場所についての深い理解は、他の場所についての理解を広げ、深めてくれます。(レイ・バーンハート)
もちろんです。他の場所について知ると、自分がありのままであることにもっと感謝するようになります。なぜなら、自分の場所が一番心地よいとわかるからです。またそれは、世界について、もっと現実的に幅広く知ることにつながります。(ダチュック)
他の場所について知ることはいつも価値があります。例えば日本を訪れたことは、世界の他の場所で人々がどう暮らしているかを知る素晴らしい機会でした。新しい経験と自分の日常の世界とを比べることが可能になります。(マイク・マーツ)
10. 日本の環境教育や「場所に根ざした教育」に欠けていると思ったことは何ですか?
今回の滞在中何度も話題に上ったことは、教員の異動政策です。短期間での転勤は、ある場所について深く知る機会を妨げるし、そうした理解をカリキュラムに織り込む可能性もなくしてしまいます。教員の頻繁な転勤は、「場所に根ざした教育」の戦略実行を制限してしまいます。(レイ・バーンハート)
11. 文化は変わっていくものだと思います。文化をどのように捉えていて、それをどうやって教えますか?不易の中核を教えるのですか、それとも文化を「考え方」として教えるのですか?
文化は生き方を表し、人々のアイデンティティを形作ります。現在実践されている、生きている文化に直接関わることで主に習得されるものです。だからこそ、彼ら自身の文化的視点を子どもたちの教育に持ち込むことができるよう、先住民たちが学校の運営をすることが重要なのです。これはまた、「場所や地域に根ざした教育」戦略が、先住民の文化的な知識を次の世代に教えるために適している理由です。(レイ・バーンハート)
価値観や踊り、歌、信仰などの文化のいい点は、「文化」という学校の授業で教えることができることです。むずかしいのは抽象的な概念です。(ダチュック)
12. 日本の学校は、競争によって生徒のやる気を引き出そうとしますが、私は間違っていると思います。アラスカでは「協力」を利用した教育をしますか?
協力と分かち合いは、アラスカ先住民たちが共通して大切にする文化的価値観の一つです。私たちは学校に対して、競争を利用するのを最小限にし、協力と分かち合いを教育現場にできる限り入れていくように要請しています。(レイ・バーンハート)
13. 守るべきものすら失われてしまった場所で、何に頼っていけるか、ヒントをもらえませんか。
世界の先住民たちは、知識や技術、言葉や伝統など、絶えてしまったものの復活にあたっています。こうした努力は、外部の人ではなく、まず影響を受けた社会の人々自身によって始められなくてはなりません。マオリやサーミなど、多くの先住民たちがそうやって言語や文化的な伝統を取り戻しました。(レイ・バーンハート)
14. 西洋化したアラスカ先住民たちが直面する課題は何ですか。
自己決定をする際に先住民たちが面する最大の課題の一つは、伝統文化的なやり方と、彼らの地域にすでに置かれている官僚的な機構(例えば学校)からの要求との間でどう折り合いをつけるか、ということです。(レイ・バーンハート)
アルコール中毒、麻薬中毒、伝統的な価値を失うことで起こる家庭崩壊、「帰属性」の喪失、自己の文化的アイデンティティの不確かさ。こうした課題を乗り越える人は多いですが、長い時間がかかります。彼ら自身の文化的な価値観の中核に立ち戻ることが必要となってきます。(マイク・マーツ)
15. 「場所に根ざした教育」の「場所」をどう定義しますか。
「場所や地域に根ざした教育」の「場所」は、人々が暮らしている、物理的、文化的、地域環境全体を含んでいます。「地元」に対する深い理解を、残りの世界について知ったり関わったりする(つまり、地球規模の視野を持って地域で活動する)ための基礎として位置づけています。(レイ・バーンハート)
16. 日本人とアラスカ先住民の自然観が近いことはどのように説明しますか。
自分たちの生き方を続けるために、環境に対して敬意を払わなくてはならない人たちが多ければ、環境に対する考え方も共通することが多くなると思います。日本の、自然の法則は、アラスカのそれと同じです。(レイ・バーンハート)
17. ヤーヴェスカニヤラックはストーリーテリングの手法を用いているという印象があります。他の活動やディスカッションなどもあるのですか?
もっともっと多様です。世界観や価値観についての議論もしますし、歌や踊りもあるし、季節、子育て、科学、社会学、数学なども関わっています。長老たちに導いてもらいながら、できる限りたくさんのことを詰め込んでいきます。(ダチュック)
18. 女性の長老も数多いのですか?
タジュックがいい例ですね・・・(レイ・バーンハート)
私の先祖の多くは、女の長老です。(ダチュック)
19. 西洋における「富」についてどう思いますか。
富の西洋の定義は、物質の蓄積を強調し、文化的・精神的安寧を無視する、誤ったものです。オスカー・カワグレイの言葉を借りると、西洋社会は(学校を含めて)自分たち自身の生き方をすることではなく、生計を立てることを強調しています。(レイ・バーンハート)
20. 先住民の文化を保持する努力はボランティアで行われているのですか?
若干の外部からの資金はありますが、もっとも重要でかつ成功を収めている事例は、地域自らが事を起こし、自発的な地域の努力によって継続しているものです。(レイ・バーンハート)
21. 人にとって大切なものは何ですか。
自分の大切な文化的な生を生きることです。(ダチュック)
22. ストーリーテリングをどうやって続けていますか。
主にヤーヴェスカニヤラックと学校の中で、です。かつてはどの家族も、寝る時にお話の時間があったものです。今は物語を知らない人が多いので、そうした人たちにあらためて導入しなくてはなりません。(ダチュック)