幼少期に感じた違和感をきっかけに
今井さんは台湾人の父と日本人の母のもとに生まれ、幼少期を台湾の台東(タイトン)で過ごしました。台東は、台北などの大都市とは異なると語ります。「近所の牛が放し飼いされるなど、海と山の原風景が広がる自然豊かな場所でのびのびと過ごしていました。沖縄旅行に行った際に、ヤシの木が立ち並ぶ道や湿った暑さが台湾に似ているなと感じました。そんな私の故郷です」
想い出の中でも特に祖母との思い出を印象深く語る今井さん。複数の民族が共に暮らす台湾社会で、祖母は雅美(ヤミ)族という少数民族の中で唯一本島とは離れた島・蘭嶼(ランユ)で暮らす民族でした。「台湾の少数民族は基本山岳部で暮らしていますが、祖母は海に囲まれた島で暮らす海の民でした。蘭嶼(ランユ)に一度だけ訪れたことがありますが、おしゃべり好きで開放的な明るい方が多いです」
明るくてふくよかで、大きい声で笑って、いつも民謡を歌っていた祖母。そんな温かい想い出とともに幼いころから不思議に感じていることもありました。
「台東は特に少数住民が多い地域です。祖父は漢民族の外省人でしたが、同じ外省人の友人と過ごすことが多い印象でした。それぞれの民族でそれぞれの輪があります。また、私の母親は日本人だったので、親日の台湾では私は幼稚園で先生たちに贔屓をされてきた記憶があります。演劇では主役に選ばれたり、先生が昼休みに私にだけヘアアレンジをしてくれることに素直に喜べない自分がいました。幼いながらも、民族や国籍によって関わる人や周りからの反応が異なる違和感を感じていました」
こうした幼少期を経て、今井さんたち家族はその後、台湾から日本の愛知県に引っ越すことになります。言葉の壁はもちろん、異文化へのギャップを大きく感じることになりますが、同時に周りの人が自身を優しく受け入れてくれました。「このときに異文化に受け入れられた経験があったからこそ、今、わたしは異文化への理解について前向きに模索したいと思えているのではないかと思います」
国籍の違い、民族の違い、環境や言葉の違い。台湾と日本という異なる文化で過ごし、多彩な感情を経験する中で、アイデンティティによって生きづらさが異なる現実に触れ合う経験を通して、自然と今井さんの中に「異なる他者との共生」というテーマや関心が生まれてきたのかもしれません。

異文化において他者と誠実に向き合う
時間を再びヤップ島プログラムの2017年に戻します。ヤップの自然と向き合うこと、他者と生きていくことの難しさを実感し、落ち込むこともあった今井さん。しかし、そこに自信を与えてくれたのもまた他者との関わりだったと言います。
「一番記憶に残っているのはホームスティです。ブゴル村のおじいちゃん、おばあちゃんと6歳くらいのネイヤという女の子と3日間過ごしました。そこでの生活は何も決まっていません。『今日は何したい?』『じゃあ今日はビンロウをとか採りにいくか』『木の下でぼーっとするか』とか。お腹が空いていなければ、ご飯も食べなくてもいい。枠組みがなく、心赴くままに生活する時間が好きでした。ネイヤとはシャワーを浴びるときも、寝る時も1日中一緒に行動していました。そうすると時間が経つにつれて、お互いの意思疎通ができるようになりました。ネイヤはヤップ語で私は英語で会話しますが、2日目からはコミュニケーションで戸惑うことがないほど、通じ合っていたことに驚きました。ただ、私もなるべく彼らが一番受け取りやすいヤップ語で自分の気持ちを伝えたいと、事前にエコプラスからもらっていたヤップ語講座のプリントを夜な夜な眺めながら練習しました。愛情を与えてもらっているという感覚の中から、私もその人達のために何かしたいという気持ちが芽生えてきて。そういう面では、人間はどこにいても一緒だなと実感しました」

そして、異文化において人と誠実に向き合うこと、信頼関係を築く経験は、その後のチームでの自身の関わりにも影響を与えたようです。
「チームのメンバーと暮らしていると、個々人に得意なことがあるんですよね。すぐに火を起こせる人、魚を捌くのが早い人、体力があって一度に多くの食料を採ってこれる人等。私は絵を描くことが好きだったので、最終日にヤップの皆さんに向けた学び発表の場で紙芝居作成を担当しました。参加者は自然と自分が得意な役割でチームに貢献しようとしていました。私も最初は自分がチームに対して何もできていない気がしていたのですが、最終的には自分ができることを見つけて、補い合うことでみんなで共生できることを実感しました」
まずは自分自身を受け入れること、他者から受け入れられること、そして他者を受け入れること。目の前の人に誠実に向き合い、自身がどう変われば事態が良くなるのかを異文化の中で考え抜いたヤップ島での体験。今井さんにとって、ヤップ島での経験は大きく迷った際の判断軸になっていると語ります。「自分が理解できない状況に陥ったとき、ヤップのことを振り返るんですよね。ヤップの時のように、今、この瞬間、私は目の前の人に誠実に向き合うことができているのだろうかと」