9月9日の夜、栃窪集落で九日祭りが行われました。
9月9日に「三義人」に祈りを捧げる九日祭りが行われました。
三義人は、昔栃窪と隣村との「山争い」で幕府は隣村の勝ちとしましたが、その裁判結果に納得ならないと、幕府に直訴にいった3人です。その後3 人は江戸の牢に入れられ獄死しました。
公に三義人を祀ることができないことから、三義人の祠の前に地蔵を置き、地蔵に祀るように見せかけて、ひっそりと三義人を祀ってきました。
9月9日の夜、栃窪集落で九日祭りが行われました。
9月9日に「三義人」に祈りを捧げる九日祭りが行われました。
三義人は、昔栃窪と隣村との「山争い」で幕府は隣村の勝ちとしましたが、その裁判結果に納得ならないと、幕府に直訴にいった3人です。その後3 人は江戸の牢に入れられ獄死しました。
公に三義人を祀ることができないことから、三義人の祠の前に地蔵を置き、地蔵に祀るように見せかけて、ひっそりと三義人を祀ってきました。
8月23日の夜、栃窪集落で二十三夜様祭りが行われました。二十三夜塔にお参りした後に、十二神社で盆踊りが行われました。
2011年7月9−10日、首都圏在住の5人が参加し、新潟県南魚沼市栃窪集落で休日農業講座「田んぼのイロハ」草刈り編が開催されました。
7月9−10日、「田んぼのイロハ」草刈り編が行われ、無農薬・有機栽培の田んぼやあぜなどの整備をしました。参加者は首都圏からの社会人や家族連れなど5人。うち4人が今年度2度目の参加でした。2日間の活動は、自分でカマを研ぎ、あぜで草刈り、さらに田んぼの草取りや、ホタル鑑賞、村の夏祭り参加など盛りだくさんでした。
初日は雨が予想されたため、最初に草刈り作業を行いました。作業には地元の桑原一男さんらが講師として加わり、カマの研ぎ方や草の刈り方などを教えてくれました。参加者は最初にカマを研いでから、上下3メートル以上、奥行き約60メートルのあぜに挑戦しました。雑草は、背の高いものでは大人の腰ほどもありました。地元の桑原信子さんが無駄なくスムーズにカマを使う姿に、一同は目を丸くしていました。刈り始めて2,30分もすると「そろそろ研いだ方がいい」とアドバイスがあり、カマを研ぎ直すと、その切れ味の違いに、みんな驚いていました。
作業には地元の小学生たちも参加し、刈り取った草を抱えて田んぼの脇の一角に運んでくれました。縦90センチ、横180センチの木枠に積み上げてたい肥にします。
座学では、「とちくぼパノラマ農産」社長の笛木晶さんが、昔の村の暮らしの話を交えつつ、草刈りや草取りなどの田んぼのメンテナンスの大切さについて教えてくれました。
夕食後のホタル鑑賞では、田んぼの間を流れる小川沿いに何十匹ものホタルが舞い飛ぶ幻想的な光景を見ることができました。
2日目朝は、村の夏祭りの見学。神主が祝詞をよみ、高い階段の奥にある本殿の扉を開ける様子などを見ました。参加者からは「お祭りに村の歴史と暮らしが今も折り重なっている」という声が上がりました。
その後、再び田んぼで草取りを行いました。50センチ前後に育った稲の根元には、緑色のコナギなどがびっしり。高さ30センチを超え、立派に白い花を咲かせていたオモダカもあり、一つ一つを抜き取っていきました。
照りつける太陽の下、8名で約3時間の作業をした結果、1反3畝のうち4割ほどの草取りを終えられました。
最後のふりかえりでは、「ホタルが去年よりも増えていた」「作業の中で、だんだんと上手に覚えていくものだと感じた。収穫が楽しみです」「カマを使った草刈りや手作業での草取りは、自分の田舎でもできない。何十年ぶりかの貴重な体験ができました」などのコメントがありました。
自然の中で体を動かし、お祭りや手作業での田んぼの仕事など、日本古くから伝わる文化を体験した1泊2日となりました。
次回の「田んぼのイロハ」は稲刈り編です。10月1−2日に行われる予定です。
3月3日に南魚沼市内で行われる「裸押合い祭り」に集落として奉納するもちつきがありました。ついたもちは、峠の頂上の観音様にお供えしてから、祭りを行う地区まで持って行くそうです。
3月3日に、南魚沼市内、旧大和町の浦佐にある吉祥山普光寺・毘沙門堂で、日本三大奇祭のひとつと言われる「裸押合い祭り」が行われます。
栃窪では毎年2月の最終日に1斗ほどのもちをつき、この祭りに奉納してきたそうです。奉納する前には必ず、丸めたもちを背負い、かんじきを履いて峠の頂上の観音様まで持って行き、お供えしたそうです。「冬路の沢」と呼ばれている沢づたいの旧道を登り、雪が多い時は片道で2時間ほどもかかったそうです。
今日午前中、集落センターで、奉納するもちつきがありました。集落の人4人で8升ほどのもちをつき、丸め終わると、2人がその一部を背負い、かんじきを履いて峠の頂上へ向かいました。観音様にもちをお供えし、お経を読むそうです。「今年は雪が少ないから1時間で行って来られるだろう」と、もちを背負った人が話していました。
栃窪「さいの神」と雪国暮らし体験が、2009年1月17日-18日に、新潟県南魚沼市栃窪集落で行われました。
首都圏からの参加者が、小正月の伝統行事や、縄ない、かんじき散策、雪遊び、雪ほりなどを体験しました。
栃窪「さいの神」と雪国暮らし体験が、2009年1月17日-18日に、新潟県南魚沼市栃窪集落で行われました。首都圏から家族や学生、会社員など11名の参加者が訪れ、雪国の冬の暮らしを体験しました。
今回は地元の10代後半〜20代前半の男性陣が企画の段階からスタッフとして加わり、冬の栃窪の魅力を引き出してくれました。
当日、集落センターのまわりでは積雪が130㎝〜160㎝ほどありました。参加者のほとんどは春から秋の休日農業講座参加者で「冬はどうなるんだろう?」と話していました。集落センターに到着し、冬の栃窪の景色を見て「なるほど、こうなるのか」と納得しながらも、雪の多さにはびっくりしていました。
17日:13時集合、小雪のち晴。小正月の伝統行事「さいの神」に準備から参加、縄ない体験
18日:9時集合、快晴。かんじき散策、雪遊び、雪ほり
【さいの神】
集合してあいさつや自己紹介、諸連絡を終えると、さっそく防寒着を着込んで、地元の若者たちと「さいの神」で燃やす正月飾り集めに出発。子ども班と大人班に分かれ約1時間集落をまわり、家々を訪ねてお飾りを集めました。
お飾りは神社に持って行き、ワラやしめ縄で作られた高さ2mほどの塔にのせていきました。塔から少し離れたところでは集落の人たちがかまくら作りを始めていて、参加者も加わって一緒にかまくらの穴を掘らせてもらいました。神社に続く道の両側の雪のカベに、灯ろうも作りました。
夕食後、「さいの神」が始まりました。19時にお飾りの塔に火がつけられ、集っていた集落の人たちはスルメやモチを棒につるし、火であぶっていました。みんなで作ったかまくらの中には火鉢が置かれ、おしるこがふるまわれました。お神酒や砂糖を使わない甘酒もふるまわれていました。参加者は「栃窪はいつ来ても食べ物がおいしい!」と、楽しんでいたようでした。
【縄ない】
16時から集落センターで、集落のお年寄りから「縄ない」を教わりました。お年寄りは「米を収穫した後に残るワラで、様々な生活の道具を作り利用していた」というお話を聞かせてくれ、手元ではどんどん縄を作っていきました。参加者は興味深く話を聞いていましたが、手元のワラはなかなか縄にならず、苦戦していました。
【かんじき散策:大人班】
散策したルートは、地元の人が集落と隣り合ったスキー場から帰ってくる際に通った道だそうで、栃窪の人でなければわからないルートでした。下がスキー場になっている山に登り、尾根に広がるパノラマを楽しみ、下り坂はお尻ですべり降りました。ウサギの足あとも見つけました。
【雪遊び:子ども班】
除雪車が雪を飛ばしてできた大きな斜面をソリですべり、その後は雪合戦をしました。雪合戦と言っても、雪を投げあっているうちに追いかけっこになり、最後は子どもが雪の上に仰向けに投げ出されていました。ふわふわの新雪の上は倒れても痛くないので、体いっぱい雪とたわむれて、楽しんでいました。神社にも行き、雪にうまった狛犬を掘り出したり、雪だるまを作ったりしました。
【雪ほり】
18日の午後からは雪掘りと屋根の雪下ろしを体験しました。最初は大人だけと言っていましたが、子どもたちも「やってみたい!」と参加しました。重たいスコップを持って、夢中で雪掘りをしていました。
参加者は、「雪国で暮らすための知恵が興味深かった」「とても寒かったけれど、雪ほりなど体を動かすことが多く、東京よりあたたかく感じた」「雪国の生活は大変かもしれないが、楽しみもあると思った」と、感想を話していました。
*地元スタッフ(五十音順)
日熊恵一さん、笛木正哉さん、笛木裕次さん、笛木隆多さん、笛木亮佑さん
*縄ない指導
笛木茂春さん